東京高等裁判所 昭和51年(ネ)280号 判決 1978年2月20日
控訴人(被申請人) 学校法人青山学院
被控訴人(申請人) 柳田由紀子
主文
原判決を取消す。
被控訴人の本件仮処分申請及び当審において拡張した申請をいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の本件仮処分申請(当審で拡張した仮処分申請を含む)を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。(原審における仮処分申請を拡張し)控訴人は被控訴人に対し、二二五万七三六〇円及び昭和四八年七月一日以降本案判決確定に至るまで、毎月二〇日限り月額五万一〇四〇円ならびに昭和五二年以降本案判決確定に至るまで、毎年六月と一二月の各末日限り各一〇万八一六〇円の金員を支払え。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び疎明関係は、次のとおり付加する外は、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
(被控訴人の主張)
(一) 被控訴人の文学部副手としての給与条件は、一般職五等級の八割が給与であり、一年ごとに一号俸づつ昇給し、賞与は毎年六月と一二月の各末日限り各給与一か月分相当額ということであつたから、被控訴人が解雇されないでいるとすれば、被控訴人は控訴人から昭和四八年度給与月額五万一〇四〇円、賞与一〇万二〇八〇円、同四九年度給与月額八万三二〇〇円、賞与一六万六四〇〇円、同五〇年度給与月額九万六五六〇円、賞与一九万三一二〇円、同五一年度給与月額一〇万八一六〇円、賞与二一万六三二〇円を受領することができる。
従つて昭和五二年五月末現在において、被控訴人が控訴人から受領すべき金額と、拡張前の申請額との差額は、昭和四八年度賞与一〇万二〇八〇円、同四九年度給与三八万五九二〇円、賞与一六万六四〇〇円、同五〇年度給与五四万六二四〇円、賞与一九万三一二〇円、同五一年度給与六二万八三二〇円、賞与二一万六三二〇円、以上合計二二三万八四〇〇円となる。
よつて被控訴人は控訴人に対し、右合計額に昭和四八年六月分の給与残額一万八九六〇円を加えた二二五万七三六〇円及び昭和四八年七月一日以降本案判決確定に至るまで、毎月二〇日限り五万一〇四〇円の給与ならびに昭和五二年以降本案判決確定に至るまで、毎年六月と一二月の各末日限り、各一〇万八一六〇円の賞与の支払を求める。
(二) 控訴人の行つた神学科廃科の措置は、専ら控訴人殊に大木院長と神学等につき見解の異なる神学科教員の学外追放を目的とするいわば擬装のものであつて、公序良俗に反し無効である。
(三) 被控訴人と雇用関係にあるのは控訴人であつて、文学部神学科ではないから、神学科が廃科になつたとしても、控訴人は被控訴人を文学部の他学科または他学部に配転すべきである。即ち神学科廃科が決定した昭和五二年三月三〇日当時、神学科に在籍した専任教員四名はその希望により、他の学科へ配転され、副手一名(平塚秀之)も大学中央図書館の勤務に変つているところ、被控訴人に関しても同人が配転を希望する以上、副手の職務は専門分野に関係するものではあつても、その職務内容は一般事務であり、特段の資格も不用であるから、文学部の他学科または他学部へ配転するのが当然である。
(控訴人の主張)
(一) 控訴人の従来の抗弁が認められないとしても、控訴人は被控訴人に対し、昭和五二年二月二八日付書面により、被控訴人を同年三月三一日限り解雇する旨の意思表示をしたところ、その解雇理由は次のとおりである。
神学科の学生数は、控訴人が昭和四七年一一月二一日同四八年度以降同学科の学生募集を行わない旨決定して以来漸減し、昭和五二年三月末日現在で神学科に在籍する学生九名中八名が卒業し、残り一名は退学したため、同年四月一日には同学科の学生は皆無となつた。一方神学科専任の教員も次第に退職減員し昭和四六年当時同科の専任教員は一〇名で、そのうち五名が教授であつたところ、組織神学担当の野呂教授は昭和四七年三月、新約聖書学担当の田島教授は同五〇年三月、同担当の佐竹教授及び器学担当の奥田教授は、同五一年三月それぞれ退職し、神学科の教授は宣教師として米国メソシスト教会より派遣された新約神学担当のキツチン教授一名だけとなり、昭和五二年三月三〇日当時同学科に在籍した専任教員四名中、木田献一助教授はその後青山学院女子短大一般教育キリスト教学の専任教員へ、西村俊昭助教授は青山学院大学文学部フランス文学科の専任教員へ、関田寛雄助教授は同文学部第二部一般教育の専任教員へ、そして水野誠専任講師は同女子短大児童教育学科の専任教員へそれぞれ配転され、また神学科備付けの図書もすべて大学中央図書館へ移管された。そこで控訴人は昭和五二年三月九日開催の文学部教授会及び同月三〇日開催の学校法人評議員会の議を経て、同日開催の学校法人理事会において、同五一年度末(昭和五二年三月三一日)をもつて神学科の廃科を決定し、これに伴う学則の一部改正は、同五二年四月一三日開催の文学部教授会及び同月二三日開催の大学協議会の議を経て、同月二八日開催の学校法人理事会において承認され、右廃科は同年一一月一五日文部省において認可され、副手一名(貝沼こと堀江真理)も同年三月三一日限り退職するに至つた。
被控訴人に対する解雇は、右のごとき神学科の学生募集停止及び神学科廃科に伴うものである。
(二) 被控訴人主張の(二)の事実を否認する。
(三) 被控訴人主張の(三)の事実中、被控訴人と雇用関係にあるのは控訴人であつて、文学部神学科ではないこと及び神学科の廃科が決定した昭和五二年三月三〇日当時同科に在籍していた専任教員四名が他学科に配転されたことは認めるが、被控訴人を他に配転すべきであるとの点は否認する。
控訴人が就業規則に基づき、業務縮小により生じた過剰人員を配転すべき義務を負うのは職員についてであつて、嘱託(副手)についてではない。副手は職員が公募されて、学校法人理事会の決定により採用されるのと異なり、その採用は当該学科の学科主任がその学科の卒業生(当該学科の卒業生を副手採用の対象とするのは、当該学科の卒業生はその学科の教員と知合が多く、またその学科の専門分野の知識を有するところから、その学科の雑務的事務をその業務とする副手として適任であるからである)の中から、適切な人物を選んで学部長に推せんし、学部長の上申に基づき学長が決定採用するのであり、その労働条件においても、職員が雇用期間の定がないのに対し、副手はその定があること、職員は週六日制であるのに対し副手は週五日制であること、副手の給与は職員の八割であり、賞与も職員と異なり、年間二か月分の給与相当額定率支給であること等において相違しているので、副手は当該学科が廃科になると、他学科の副手となる可能性はなく、ましてや職員の身分を必要とする他部門への配転は不可能である。
(疎明関係)省略
理由
一 当裁判所は、本件雇用契約は昭和四八年三月三一日の経過に伴い、雇用期間の満了によつて終了したものではなく、また控訴人の被控訴人に対する同年四月一日到達の書面による解雇の意思表示は無効であるとの疎明があると判断するものであり、その理由の詳細は原判決の理由と同一であるからその説示を引用する(原判決三枚目表一三行目から同五枚目裏五行目の「無効というべきである」まで。但し原判決四枚目表四行目の「証人保坂栄一(第一、第二回)」の次に「、当審証人保坂栄一」を加える)。
二 そこで進んで、控訴人の被控訴人に対する昭和五二年二月二八日付書面による解雇の意思表示の効力につき検討するに、成立に争いのない疎乙第一九号証によると、控訴人は被控訴人に対し、昭和五二年二月二八日付書面により、被控訴人を同年三月三一日をもつて解雇する旨の意思表示をしたことが認められる。
控訴人は、右解雇は、神学科の学生募集停止及び神学科廃科のためやむをえずなしたものであると主張し、被控訴人は、右神学科廃科は、控訴人殊に大木院長と、神学等につき見解を異にする神学科教員の学外追放を目的とする公序良俗に反する無効行為であると抗争する。
よつて案ずるに、神学科の入学者が過去一〇年間毎年約二〇名であつたこと及び控訴人が昭和四七年一一月二一日昭和四八年度以降同学科の学生募集を行わない旨決定したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない疎甲第三一号証(但し後記措信しない記載部分を除く)、疎乙第一八号証の一、二、三、当審証人保坂栄一の証言により成立を認める疎乙第一二号証、弁論の全趣旨により成立を認める疎乙第一三ないし第一七号証、当審証人保坂栄一、同関田寛雄(但し後記措信しない部分を除く)、同木田献一の各証言及び弁論の全趣旨によると、控訴人が前記(一)において主張する事実を認めることができ、成立に争いのない甲第三一、第三二号証の各記載及び当審証人関田寛雄の証言中、神学科廃科は大木院長と神学等につき見解を異にする神学科教員の排除を目的とするものであるという趣旨の部分は措信できず、他に右認定を左右する疎明はない。
そうすると、神学科廃科は被控訴人主張のごとく擬装廃科ではなく、控訴人の被控訴人に対する右解雇は、神学科の学生募集停止及び神学科廃科に伴うものであることが認められる。
三 被控訴人は、被控訴人と雇用関係にあるのは控訴人であつて、文学部神学科ではないから、神学科が廃科されたとしても、控訴人は被控訴人を文学部の他学科または他学部へ配転すべきであると主張する。
よつて案ずるに、被控訴人と雇用関係にあるのは控訴人であつて、文学部神学科でないことは当事者間に争いがないが、成立に争いのない疎乙第一〇号証、原審証人田島信之、当審証人小林公一の各証言により成立を認める疎乙第三号証、原審証人保坂栄一(第一、第二回)、同田島信之、同藤野浩一、同佐竹明、当審証人保坂栄一、同小林公一の各証言及び弁論の全趣旨によれば、就業規則上控訴人が、業務縮小により生じた過剰人員を配転すべき義務を負うのは、職員についてであつて、業務の必要に応じ置くことになつている嘱託(副手)についてではないこと、文学部副手は研究室の諸施設及び同室配置の図書の管理、講義、演習、実験等の実施に関する事務、当該学科に関する学会の事務、その他文学部長及び学科主任が指示する事項といつた、いうならば当該学科に属する雑務的事務を掌るものであつて、職員が公募の上学校法人理事会の決定により採用されるのと異なり、その採用は当該学科の学科主任が、その学科の卒業生中から選んで学部長に推せんし、学部長の上申に基づき学長が決定採用するものであること、その学科の卒業生を副手採用の対象とするのは、当該学科の卒業生はその学科の教員と知合が多く、その学科の専門分野の知識を有するところから、その学科の右のごとき雑務的事務の処理に適しているがためであること、嘱託(副手)はその労働条件においても、職員が定年制であるのに対して、雇用期間の定があり、職員の週六日制に対し週五日制であること、その給与は職員の八割であり、賞与も年間二か月分の給与相当額の定率支給であつて、この点も職員と異なることが認められる。
右認定事実によると、文学部神学科副手である被控訴人は就業規則上配転の対象とならないのみならず、その雇用関係にあるのは文学部神学科ではなく、控訴人である点において職員ないし文学部他学科の副手と同一であるとしても、その採用及び労働条件において職員ないし文学部他学科の副手と相違し、従つて右両者は労働契約により約定された労働の種類が異なることが認められるので、神学科が廃科になつても、控訴人は被控訴人を文学部の他学科または他学部へ配転する義務はないものといわなければならない。
なお原審証人堀江真理、当審証人保坂栄一の各証言及び弁論の全趣旨によると、神学科廃科当時神学科に在籍していた平塚秀之はその後大学中央図書館勤務に変つているが、同人は副手ではなく、アルバイトであつたことが認められるので、このことは控訴人に配転義務があることの証左とならない。
そうすると、前記解雇の意思表示は有効であり、従つて被控訴人は昭和五二年三月三一日をもつて、控訴人の従業員たる地位を喪失したものというべきである。
四 成立に争いのない疎甲第三三ないし第三八号証、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によると、以上のとおりであるから、被控訴人は控訴人に対し、昭和四八年六月分の残賃金の外、同年七月一日以降右昭和五二年三月三一日までの間の未払賃金債権を有することとなるが、右未払賃金は既に生活上やりくりのすんだ過去のものであり、被控訴人が右賃金の支払を受けなかつたことから、その生活費等にあてるため借金し、その弁済期が到来して、これを弁済しなければ著しい損害を被る等の特別の事情があれば格別、被控訴人が右のごとき事情にあることは、原審における被控訴人本人尋問の結果だけではこれを認め難く、他にこれを認めるに足りる疎明はないので、右未払賃金について仮払を認める必要性はないというの外ない。
五 よつてこれと異なる原判決は失当であるからこれを取消し、被控訴人の従来の仮処分申請を棄却し、当審での拡張申請を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺一雄 田畑常彦 丹野益男)
原審判決の主文、事実及び理由
主文
1 申請人が被申請人に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 被申請人は申請人に対して金一万八九六〇円及び昭和四八年七月一日以降本案判決の確定にいたるまで毎月二〇日限り月金五万一〇四〇円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被申請人の負担とする。
事実
第一申立
一 申請の趣旨
主文と同旨
二 申請の趣旨に対する答弁
1 本件申請を却下する。
2 訴訟費用は申請人の負担とする。
第二主張
一 申請の理由
1 申請人は、昭和四六年四月一日被申請人にその経営にかかる青山学院大学の文学部副手(嘱託)として雇用され、以来文学部神学科研究室に勤務し、賃金として毎月一日からその月末までの一か月分をその月の二〇日に支給されていたもので、昭和四八年四月度の賃金は金五万一〇四〇円であつた。ところが被申請人は昭和四八年四月一日以降申請人の右雇用契約上の地位を否認し、申請人が右契約上の労務を提供してもその受領を拒否している。
2 そこで、申請人は被申請人を被告として、右雇用契約上の地位の確認を求め、昭和四八年六月分の残賃金一万八九六〇円及び同年七月一日以降毎月金五万一〇四〇円の割合による賃金の支払を求める訴を提起すべく準備中であるが、申請人は労働者であつてこのまま本案判決の確定をまつとすれば生活に困窮し回復しがたい損害をこおむるおそれがある。
3 よつて、本申請に及んだ。
二 申請の理由に対する認否
1項は認め、2項は争う。
三 抗弁
1 被申請人は、申請人を雇用期間を二年と定めて雇用したものであつて、本件雇用契約は昭和四八年三月三一日の経過により約定の雇用期間の満了によつて終了した。
2 そうでないとしても、被申請人は申請人に対し昭和四八年四月一日到達の書面をもつて申請人を解雇する意思表示をした。
3 右解雇の理由は次のとおりである。
(一) 文学部には神学科のほか、教育学科、英米文学科、仏文学科、日本文学科及び史学科の合計六学科が設置され、各学科の研究室には、(イ)研究室の諸施設及び研究室別置の図書の管理、(ロ)講義、演習、実験等の実施に関する事務、(ハ)当該学科に関係する学会の事務並びに(ニ)その他学部長及び当該学科主任が指示した事項等の雑務を処理するものとして二名ないし三名の副手が採用され配置されてきた。
(二) ところで、神学科入学者は、この一〇年間毎年二〇名にとどまり、昭和四七年度においてはその学生総数八四名にすぎなかつたのに教育学科(学生総数七五四名)、日本文学科(学生総数五〇六名)及び史学科(学生総数四七五名)等と同様に二名の副手が配置され、当時すでに副手は過員状態になつていたばかりでなく、被申請人は昭和四七年一一月二一日には昭和四八年度以降神学科の学生募集を行わないことに決定したため、昭和四八年四月以降においては神学科の学生数は更に減少し、神学科副手の扱うべき事務量もこれに比例して減少することが明らかとなつたため、申請人を解雇したものである。
四 抗弁に対する認否
1 1項は争う。
2 2項及び3項(一)は、いずれも認める。3項(二)については、神学科の入学者が過去一〇年間毎年約二〇名であつたこと、昭和四七年度における神学科その他の被申請人主張の文学部内の各学科の学生数が被申請人主張のとおりであつたこと及び被申請人が昭和四八年度の学生募集を行わない旨決定したこと、以上の事実は認め、その余は争う。学生数の減少が副手の事務量に影響を及ぼすのは、前記被申請人主張の3の(一)の(ロ)の事務のみであつて、右以外の事務量のみをもつてしても神学科の副手が過員であつたということはなかつた。
五 再抗弁
本件解雇の意思表示は、神学科の縮小に名をかりてなされたものであつて、その真の理由は、昭和四八年三月一三日に開催された神学科卒業生等を構成メンバーとする共励会の臨時総会の席上における申請人の夫柳田正樹の言動が当時の被申請人の院長大木金次郎を激怒させる態のものであつたというにあり、異人格の配偶者の言動を申請人の言動と同視して評価しようとする不当なものであり、他に合理的根拠を欠くものである。従つて解雇権の濫用として無効である。
六 再抗弁に対する認否
1 申請人の主張を争う。
2 本件解雇が神学科縮小に基づく過員の整理として合理的根拠を有するものであることはすでに述べたとおりであり、また、申請人の夫正樹は共励会の席上において、被申請人の院長の氏名をもじつた「大木金太郎」を名のり、「閉ざされた世界に光を与えよ」と題し「大木の如き馬鹿、まぬけ男」等々と記載して右院長を公然侮辱するビラを参会者に配布したのであるが、申請人は、正樹が右ビラを配布することを知りながら右総会に出席し、かつ正樹の右行動に対して特に異議を述べなかつたのであるから申請人自身も被申請人の院長侮辱についての責に任ずべきであり、申請人の右の態度は本件雇用契約の基底をなす労使間の信頼関係を破壊したものというべく、本件解雇は、この点においても合理的な根拠がある。
第三証拠関係<省略>
理由
一 申請の理由1項の事実は当事者間に争いがない。
よつて、以下被申請人主張の抗弁について判断する。
二 期間満了による雇用契約の終了
雇用契約の締結にあたつて、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほか、一年を超える契約期間を定めることは労基法一四条の規定が禁止するところである。従つて、右規定に違反して雇用契約が締結された場合、該契約は期間を一年とする雇用契約として効力を有するにすぎないものと解すべきであるが、右の一年経過後においても労働者が引つづきその労務に従事し、しかもそのことにつき使用者はもとより労働者においても異議を述べなかつた場合においては、右雇用契約は爾後期間の定めのない雇用契約として更新されたものと解するのが相当である(民法六二九条参照)。そして被申請人の主張する二年の雇用期間が前記一定事業の完了に必要な期間であること及び前記のように労使双方又はそのいずれかが異議を述べたことについては、被申請人において何ら主張し立証しないところであるから、本件雇用契約はその締結後一年を経過した昭和四七年四月以降は期間の定めのない雇用契約として更新されるにいたつたものというべきである。従つて期間の満了を理由とするこの主張は、すでにこの点において失当たるを免れない。
三 解雇の意思表示とその効力
1 抗弁2項の事実は当事者間に争いがない。
2 被申請人は、本件解雇の理由として、神学科縮小に基づく過員整理を主張するのでこの点について見るに、抗弁3項(一)記載の事実及び同(二)記載の事実中、神学科の入学者が過去一〇年間毎年約二〇名であつたこと、昭和四七年度における神学科その他被申請人主張の文学部内の各学科の学生数が被申請人主張のとおりであつたこと、被申請人が神学科については昭和四八年度の学生募集を行わない旨決定したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、証人保坂栄一(第一、第二回)は、本件解雇の理由として被申請人の主張するところと符号する供述をするのであるが、右当事者間に争いがない事実及びその成立に争いがない甲第一号証(乙第五号証と同じ。)、証人田島信之の証言によつて成立を認める乙第三号証、弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第九号証、証人堀江真理、関田寛雄、佐竹明の各証言及び申請人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合して認定しうる事実を総合すれば、本件解雇当時における神学科副手の取扱うべき事務のうち、抗弁3項(一)の(イ)の事務については、神学科所要の図書には殊にいわゆる原書が多く、その購入、整備、保管等に関する事務量は文学部内の他の学科のそれに比較してそん色がなく、また抗弁3項(一)の(ハ)及び(ニ)の各事務量は学科に所属する学生の数に影響されない性質のものであり、殊に右(ニ)の事務のうちには九名いる神学科専任教員のための秘書的な事務のほか、被申請人が日本キリスト教団の牧師養成のための認可学校である関係上、キリスト教会との折衝、教会関係の職についた神学科卒業生に対するアフター・ケア的事務があり、神学科副手の事務量に対しては学生数の多寡はほとんど影響しないこと、従つて、前記の決定に基づいて被申請人が昭和四八年度における神学科の学生募集を停止し、申請人に対する解雇の意思表示がなされた後においても、申請人は昭和四八年四月一杯は従前同様神学科研究室において勤務して被申請人からその勤務に対する賃金の支払を受け、申請人が勤務しなくなつた同年五月から七月までの三か月間は、被申請人はいわゆるアルバイトを雇用して、従来申請人が扱つてきた事務を取扱わせたこと、そして、その後現在にいたるまでの間は神学科の教員が自費をもつてアルバイトを雇用し申請人が扱つてきた事務を賄わざるを得ない状態になつていること、また本件解雇がなされるにいたつた経過について見ると、申請人の夫であり、かつて神学科に学生として在籍したことのある柳田正樹は、昭和四八年三月一三日に開催された神学科卒業生等を構成員とする共励会の臨時総会の席上において、被申請人の院長大木金次郎の氏名をもじつた「大木金太郎」を名のり「閉ざされた世界に光を与えよ」と題し、神学科の存在並びに大木院長ら被申請人の理事者を批判したうえ神学科の解体を呼びかけ、果は「大木のごとき馬鹿、まぬけ男につき合い、われわれの水準を低めてはならない」「大木一派実力粉砕=神学科解体万才」等の内容を印刷した「吉本主義者同盟(田川派)」名義のビラを参会者に配布したが、同年三月三〇日の夜にいたり当時の被申請人の前記大学の文学部長であつた保坂栄一から神学科主任事務取扱助教授の関田寛雄に対し電話をもつて、右の正樹の言動について大木院長が激怒しているし、学園紛争のときもいろいろ暴れたことのある正樹の妻である申請人を神学科で雇つておくことはけしからんというのが大木院長の大変強い意向である、文学部副手の任期は二年という内規があるからそれを理由にして、また急なことでもあるし賃金一か月分を払つて申請人をやめさせるよう措置されたい旨の連絡があつたが、申請人に対する解雇理由が右のように大木院長の正樹に対する私憤であること等のため関田助教授において保坂文学部長の申出に従うことを拒否したところ、翌三一日に保坂文学部長から申請人に対する私信の形式をもつて本件解雇の意思表示が発信されるにいたつたこと、そして、それまでの間において神学科において副手の任期が問題化したことはもちろん、副手の過員による整理が問題とされたこともなく、その後においても神学科教員は申請人の雇用継続を強く文学部長等に対して要望していたこと、以上の事実が認められる。右事実によれば、被申請人が申請人を解雇するにいたつた真の理由は、柳田正樹の前記言動及び申請人がその妻であつたということに尽き、神学科の縮小に伴う過員整理は申請人を解雇するための単なる口実にすぎないことが認められ、この認定に反する前記保坂証人の証言及び証人田島信之の証言は前掲各証拠に比照して到底信用しうるものではない。そして本件の他の全証拠を検討して見ても、被申請人の叙上の主張事実の存在を疎明するものはない。
3 被申請人は、申請人の解雇権濫用の主張に対して、申請人が正樹の前記共励会における言動をその場にありながら妻として阻止しなかつたことを挙げてこれを非難し、申請人本人尋問の結果中には、申請人が正樹において右のようにビラを配布するであろうことをあらかじめ知り、共励会に出席しながら正樹の前記言動を阻止しなかつたことを自認する部分があるが、申請人が正樹と共謀して正樹に右言動をなさしめたと認むべき疎明資料はないのみならず、たとえ夫婦であるにしても妻と夫は法律上は全く別人格であつて、夫にいかなる重大な非違行為があつたとしてもこれを理由に、そしてただその妻であることの一事をもつてその妻に対して法律的非難を加えることが許されないことは、あらためていうまでもない。従つて、被申請人のこの主張は採用の限りではない。
4 以上の認定事実によれば、申請人に対する本件解雇はその合理的根拠を欠くものというべく、従つて解雇権の濫用として無効というべきであるから、申請人の被保全権利の主張は理由がある。
四 保全の必要性
申請人本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合して疎明があつたと認める。
五 むすび
以上の理由によつて本件申立を正当と認め民訴八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。